25 January '2004 - 23:47 | 雑記 ラストサムライ
今日はゴールデングローブ賞の日だ。万が一にもラストサムライを演じた渡辺謙が受賞するといけないと思って、一応、チャンネルは予めNBCに合わせておいたのだが、ばたばたしていて気がついたら、知らない間にとっくに始まっていた。 授賞式自体が始まる前の、会場への入場のところでのインタビューならば渡辺謙が喋るんじゃないかと思っていたので、さっそく巻き戻して確認してみた。お、やっぱりあった、インタビューされてたぞ。最高にカッコいい男って紹介されて、いい扱いじゃないか。なんか、嬉しいぞ。しかし、こういう時は、ほんとに便利だなぁ、Tivoは。Tivoなしでテレビ見てる人の気が知れないね。さて、会場に向かう途中での恒例の突撃系インタビューの問答は、事前にちゃんと想定していなかったのか、あまりすらすらと英語が口をついて出てこなかったようだ。短い時間ではあったが、インタビュアーとのフランクなその会話で、英語の(低めの)レベルが思い切り露呈してしまっていた。しかし、それでも何ら物怖じせずに堂々と受け答えをしていたのが感心だった。
そうだ、そういう態度でいいのだ。日本では、基本的に控えめが大人としての礼節ではあるし、最近では、できることでもできないという方こそが日本らしいという意味の分からない風潮も合ったりするが、郷に入っては郷に従うしかない。ここでは、下手な英語でも堂々としている方が、正しい大人というものなのだ。そもそも英語が母語じゃないんだから、英語が下手であることは、ある程度は仕方のないのだし。
しかし、通訳もつけずに偉いもんだと思う。きっと、日本人をそれほど快く思っていない人とかなら、なんだ、こいつのバカみたいな英語は、って思ってテレビの前で笑いのネタにしただろう。しかし、ヘタでもなんでも通訳なしでちゃんと英語を喋ろうとしている態度自体は認めてやろうって思う人の方がきっと多いと思う。
アメリカ人のように英語が使えないことを恥ずかしがって、人前では英語を使わないようにする人が日本にはたくさんいるが、そういう問題じゃないんだよね、実際は。文法や発音が正確かどうかよりも、言うべき内容を持っているかどうかと、それを伝える努力をしているかどうかの方が遥かに大事なのだし、みんな、そう思っているのだからね。もちろん、だからといって、間違った英語をいつまでも使っていてもいいわけでもなく、進歩がないと、バカだと思われるのは否めないわけだけれど。
というわけで、残念ながら万が一の受賞はなかったけれど、ノミネートされたこと自体、十分凄いことではあるし、そこに出席していることを楽しめてたらいいなぁ、と思った。